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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2011年04月29日

素直な心

kaoriです。
天皇皇后両陛下が宮城県内の避難所を訪問しました。
陛下の訪問を受けた方々の記事を読みました。

亡き妻の遺影を手にとってもらって感無量の男性。
話しを聞いてもらって「癒されました」という女性。
記事を読む私もなぜか泣けてくる。

遺影なんて、相手によっては触られたくもないじゃない?


皇室の存在ってなんだろう。
日本人の精神的支柱?


陛下の前では、人は素直になるのかも知れない。
陛下のどんな言葉も仕草も、
無垢な子どものように受け入れられるのかもしれない。
プライドも意地も何もなくなって、
ただ純粋な心で、眼差しで向き合えるのかも知れない。


現実は自分が創り出している、というのが宇宙の基本ルール。
自分の中にある不安や恐れやその他諸々を知るために
現実がある。

陛下は全ての不安や恐れを手放したところにいるのかな。
向かい合う人々に心の平安を与えるのはそのためかな。
現人神と言われるのはそのためなのかな。


もし「がんばりましょうね」って微笑まれたら、
きっと受け手は「ありがとうございます」って応える。

陛下が垣間見せてくれた”平和”。
ひとりひとりが無垢になったら、
みんなの心が平和になったら、
その時は世界中が平和。


改めて感じる。
ホ・オポノポノの教えの偉大さ。


ウニヒピリを放っておいて、外ばかり見ていた。
「あのね」と話しかけるウニヒピリに
「うるさい!」とか「あ~、後でね」とか冷たい態度。
背中を向けたきり、わかった顔して外の世界で孤軍奮闘。
ウニヒピリはやがて私に心を閉ざした。
高次の私のサポートも届かなくなった。


今私に必要なのは、自分のケア。
自分のウニヒピリのケア。

感情に流されてる自分に気づくこと。
誰かを批判したくなったら、
ウニヒピリが試しているのだと自覚すること。
そしてただただ詫びる。
ウニヒピリに詫びる。
今までの冷たい仕打ちを詫びる。

詫び続けると、感謝の気持ちが湧いてくる。
自分が愛おしくなる。

ウニヒピリの信頼を取り戻しつつあると感じる。

ありがとう。

  

Posted by 風の暦 at 17:44Comments(0)ブロック外し

2011年04月28日

ごめんね

私へ。

ウニヒピリ(インナーチャイルド)とのコミュニケーション不足だよ。
ウニヒピリの信頼を取り戻すには
地味なことをコツコツと続けることだよ。
それが続かないね。
すぐ頭で考えるね。
飛び級しようとするね。


「政府が悪い」「電力会社が悪い」論調にうんざりして、
他人への批判を口にしたね。
結局自分が傷ついたね。凹んだね。


現実ってのはさぁ、
すべて私の、人類の持つ”感情”や”思考”を
蘇らせるために起こっているんじゃないのさ!
クリーニングされるために、記憶が再生されているんでしょ?

私を不快にする出来事や人々があるんじゃないよ。
そう感じる要因が私の中にあるんだよ。

放射線が人間の健康を損なうんじゃないよ。
害を受ける要因が人間の中にあるんだよ。

現実に流されてクリーニングを忘れてるよ~!

ウニヒピリは私に、
「気づいて」「クリーニングして」と言ってる。
これまでずっと私は何もしてこなかった。
ウニヒピリの声を無視してきた。
常識という名の偏見を一方的に押し付けて行動してきた。

「言うことを聞いて!」は私が子どもによく言う言葉。
それは、私のウニヒピリの言葉。
ウニヒピリが私に向かって言っている。


今はひたすらウニヒピリに謝る。

ごめんね。
ごめんね。
ごめんね。

いつも背中を向けていてごめんね。
あなたの話しに耳を傾けないでごめんね。
ひとりぼっちにしてたね。

淋しかったね。
悲しかったね。

ごめんね。
  

Posted by 風の暦 at 15:40Comments(0)ブロック外し

2011年04月25日

何を恐れてるの?

kaoriです。

あるフリーペーパーを読んだ。
自然エネルギーに詳しい、ある有名な方へのインタビュー記事。

そこには放射線の害の恐ろしさがとうとうと述べられていた。
何の心配もしていない人を非難していた。
確率論だと言いながら、害が出るからきちんと対策すべきだとある。

読んだ私の胸の中に、巨大な暗雲が拡がり重く垂れ込めた。
胃の辺りが重くなり、胸が苦しくなり、頭がざわざわしている。

不安。
いてもたってもいられない不安。


あぁ。
私は今、強い不安を感じているんだ。
不安という感情の大波にのまれて、流されそうになっているんだ。

目を閉じて踏ん張る。

「子どもがガンになったらどうしよう!」
「子どもがガンになるのがイヤなんだ?」
「ガンになったらいけないの?」

自問自答する。

そんな思いを抱えていたんだね。
今まで一人で背負わせていてごめんね。
クリーニングのチャンスをくれてありがとう。
私はあなたを愛してるよ。


今、子どもは元気。
外はうす曇。
風が心地いい。
私は本を手にして立っている。

それが全て。
”この一瞬がすべてさ”

  

Posted by 風の暦 at 12:07Comments(0)ブロック外し

2011年03月14日

気高き魂たち

kaoriです。

群馬にいる私には、被災地の状況をこの目で見ることはできない。
被災者たちがどれだけの恐怖や不安、痛み、悲しみなどを味わっているのかは
私にはわからない。

何らかの形で今回の震災の影響を受けている人たちの沈着冷静な姿が、
諸外国とくに欧米の人たちに感銘を与えているという。
朝のAMラジオで聞いたとき、胸が震えた。

”気高き魂たち”という言葉が浮かんだ。

過酷な状況に身を置き、そこで生じる様々な感情や感覚を味わっている魂たち。
様々な感情の大波に敢えて挑む気高き魂たち。
波に乗りそれを喜ぼうとしている魂たち。

彼らに恥じぬよう、私は私の目の前のことに集注し味わおう。
私が体験したい現実は、私の目の前にある。

自分の選択に責任を取ろう。
誰かの顔色や評価を気にして
物事を決めようとしている自分に気づけ!
何を恐れているのか、よく自分の中を観ろ!

それが観えたら肩の力が抜ける。
迷っていることへの答えが出る。
迷いが消える。

  

Posted by 風の暦 at 10:41Comments(2)ブロック外し

2011年03月10日

山上 亮さん

kaoriです。
友人に誘われて『整体的子育て』の著者・山上 亮さんの
講座に参加しました。

春のからだ。
緩もうとしている私のからだ。
頭、肩甲骨、骨盤。
からだは開こうとしている。
開かないと、エネルギーが頭にのぼる。
のぼったエネルギーを発散するために、
くしゃみ、鼻水、目のかゆみ。
現代人は、からだが開きにくい環境にいるそうだ。

山上さんがひとりひとりのからだを観てくださった。
私のからだは、頭と骨盤は開いていて、肩甲骨もだいぶ緩んでいるという。

私が無関心でいる間にも、からだは黙々と働いている。
からだはどんどん変わる。
季節ごとに。人生のステージごとに。
からだのなんと頼もしいことか。
なんと愛しいことか。
”つぶつぶ”を食べることはきっとからだが望んでいること。

”手放す”という言葉。
精神面でよく使われる。
”執着を手放せ”とか”思い込みを手放せ”とか。
手放せないとき、新しいことが思いつかないときは、
肉体的に腕や手が硬くなっているのだそうだ。
まさにその手に何かを握り締めて手放させない状態。
腕や手を緩めれば、新しいことが入ってくるそうだ。
新しいアイデア、新しい友人、新しい・・・。


とても居心地の良い集まりでした。
山上さんはとても魅力的な方。
人懐こい笑顔がとても温かい。
彼のブログはコチラ

集まった女性たちも軽やかで華やか。

ありがとうございました。
楽しかった!
  

Posted by 風の暦 at 16:22Comments(0)ブロック外し

2011年03月05日

自分の着たい服を着る

kaoriです。

ここ数ヶ月「深層リンパマッサージ」に通ってる。
マッサージは体に本来の状態を思い出してもらう作業。
あまりに固まってしまっていて、一人では身動き取れなくなっていた。
続けてきたことで、体と私が互いへの信頼と感謝の気持ちを
取り戻しつつあると感じる。

マッサージの後で、施術者ののりこさんと話すのがまた楽しい。
昨日は”マインドカラー”の話し。

人間には”自分の色(波長)”があるんだって。
全部で6色あって、自分はその中のどれか1つを持ってるんだって。
色の違いは波長の違い。
波長は呼吸ともつながっているそうだ。
自分と合わない波長はその人のパワーを抑えてしまう。

のりこさんは茶色。秋の色。落ち葉の色。
それを聞いて、ハッとした。
私も好きだった!という思い。

ボルドー、ワインレッド、こげ茶。
20代の頃はこんな色の服ばかり着てた。
タイツを選ぶのにもえらくこだわった。
「私の好きな茶色はこれじゃない!」って。


私たちは”観察する意識”なのだそうだ。
肉体と人格を創ってそこに乗りこみ、
この現実世界を創り、
この世界で観たり聞いたり感じたりすることを体験するために
存在しているのだそうだ。

自分の心が動く色、ものを選んで着るのが本来の喜び。
いつのまにか、観察する側から観察される側になってしまった。
周りからどう思われるかを意識して服を選ぶようになってた。


春です。
心が躍る服との出会いにワクワクする!

  

Posted by 風の暦 at 06:45Comments(2)ブロック外し

2011年02月24日

楽しんでればいい

kaoriです。
陽射しに春を感じますね~。
光は愛なんですって。

慈悲深い人に”後光が差す”といいます。
仏陀やキリストは、その愛の多さから
体から光があふれ輝いて見えたとか。
太陽には愛に満ちた存在が住んでいると聞いた。
(私たちとは波動の次元が違うので見えないけど)
太陽の明るさ,温かさがその存在たちの放つ愛だとは!
そう思って見上げる太陽の有難さ。


先日、ふれあい朝市の仲間と演奏をした。人前で。30分ほど。
私はピアニカ担当。
学校の音楽の授業以外で演奏するのなんて初めて。
勢いで名乗りをあげたものの、
私みたいなのが参加して良かったのかと最初はかなり萎縮してた。

練習を重ねて行き着いたのは”温泉気分”。
周りの皆の音が心地よくて、自然に体が動き出し、
自分の奏でる音がそこに融合する喜び。
”まるで温泉に浸かっているような心地よさ”。
何も考えない。悩みも迷いもない状態。


私はたいてい、人にどう見られるか、
いかに人に誉められるかを意識してた。
楽しんでなかった。


子どもの通う小学校の「6年生を送る会」を見学した。
子どもたちは実に楽しそうだった。
そして楽しそうなその姿にこちらのハートが温かくなった。

その昔、結婚式の余興で踊ったときも、
自分たちがめいっぱい楽しんでいたら、
新婦である友人がひどく感動していた。
「なんでそんなに楽しそうなの~! 私も混ざりたかったよ!」

知人の結婚祝いパーティーの飾りつけやウェルカムボードの作成をした時も、
最後は彼女たちのためでなく、自分の満足のためにやった。
義務感から始めた作業が、最後は楽しくて仕方なかった。
後日、実はあなたのためだということを忘れ、ただ自分が楽しんだのだと告白したら、
彼女の目に涙が浮かんだ。嬉し涙。
喜ばれるなんて!


何の損得も考えずに無心に楽しんでいると、
それが周りの人に喜びを与えるらしい。
誰かのためでなくて、自分のために。
自分の魂の喜びのために。

そこには犠牲や我慢はない!
  

Posted by 風の暦 at 10:38Comments(2)ブロック外し

2011年02月16日

だから全ては自分の観念なんだって!

kaoriです。

全ては私の観念が作り出したもの。
全ては私の中の記憶が再生されたもの。
太古の昔から私の中に蓄積されてきた観念の数々。

子どもと接するダンナの態度が気に入らない。
「なんで!?」「なんで!?」とその態度を心の中で責める。
イライラする。
憎悪すら湧いてくる。
それが顔や態度に出る。
ダンナはそれにイラついてプイッと背中を向ける。
カチンとなる私。
ものすご~く険悪な空気が流れる。
子どもたちはそれを察して固まっている。

感情的にその背中にケンカを売りそうになった。
でも止めた。
「またやっちゃった」とため息をついた。

私も同じように子どもに接しているのだ。
私の姿をダンナが再現して見せてくれているのだ。
私は心の底でそれが自分の姿だとわかっていて、
その姿が許せないのだ。
ぐりぐりと見せつけられるその姿に逃げ出したくなる。
それが自分の姿だなんて認めたくない。
だからダンナのせいにして彼をなじる。


何度も言うよ。
安心して。その姿は私自身じゃないよ。
私の中の観念を映し出したものだよ。
私にこびりついた観念だよ。
掃除すればきれいになるよ。
もう自分を責めるのは止めよう。

「そんな観念があったのね。わかったよ。ありがとう」って言った。
目を閉じて自分の真ん中に言った。

ダンナにも私にもごめんなさい。
辛い役を引き受けてくれてありがとう。
何度も何度も演じさせてごめん。
なかなか受け入れなくてごめん。

みんなみんなありがとう。
みんなみんな愛しています。
  

Posted by 風の暦 at 17:51Comments(0)ブロック外し

2011年02月13日

1歳の私の悲しみ

kaoriです。
人から人を引き剥がす行為を、
私は”冷たい行為”と感じているらしい。

ブログを更新した後、台所仕事をしていて、
ふっとある画を思い出した。
以前ブログにも書いた。
あるワークショップをしていて脳裏に浮かんだ画。

生まれたての赤ん坊と一緒に布団にいる母親、
1歳くらいの私を抱いてそこを離れる祖母。
母も祖母も笑っている。

母も祖母も笑っているのを見て、涙が出た。
「私は愛されていた!」
めでたし。めでたし。

ところが。
それだけでは不十分だったらしい。
1歳の私の気持ちを汲んでやっていなかった。
それまでいつも一緒だった母親から引き剥がされた。
突然引き剥がされた。
きっと大人は事情など説明しなかったろう。
1歳の子どもには理解できっこないと思って。

その悲しみはどれほどだったろう。

今、子育てをしていて思う。
子どもは説明をすれば理解できる。
理解して納得する。
納得していない時、子どもは大人の手を煩わす。

1歳の私の悲しみを、私は受け止めていなかった。
人から人を引き剥がすという行為を
冷たい仕打ちと感じたあの時の私。

辛かったね。
悲しかったね。

もう大丈夫。


  

Posted by 風の暦 at 14:17Comments(1)ブロック外し

2011年02月13日

冷たい女なんです

kaoriです。
今朝ダンナは、女子3人と”エコビレッジ環○和”へ出掛けて行きました。
麹づくりを体験しに。

我が家に集合した女子たちの荷物を積み込む間、
私は彼女たちとおしゃべり。
ワイワイと盛り上がる。
積み込みの終わったダンナがいつ
「さぁ、行きましょう!」と言うのかと
盛り上がりながらも待っていた。

言う気配がないので、
「もう行こうよ!」と私は彼の肩を叩いた。
すると彼は、
「話しが終わるの待ってたんだよ!」
だって。

あら?

相手の行動に期待して待ち、
やがて相手にイライラし始める。
相手が期待通りの行動をしないから。
でも自分から行動するのは何だかイヤ。
相手や周囲の人に”冷たい人,勝手な人”と思われそうだから。


ダンナの実家で夕ご飯を食べて帰る時、
孫との別れを窓越しに惜しむジィバァ。
私は車をいつ発進させたものかと、
アクセルを踏むのを躊躇する。

すぐに発進させたら、
「冷たい嫁だ」と思われるかもしれない。

実はあちらは、そんなに別れを惜しんではいなくて、
むしろ「早く行ってくれて構わない」と思っているのでは?

先日は「じゃ行きま~す」と宣言し、すぐに車を発進させた。
だらだらしている時よりも、気持ちよくさよならできた。


”自分は冷たい人間”というレッテル(観念)を自分に貼っていた。

ふ~ん。
自分のこと、冷たいと思ってたんだ。
それはね、観念だよ。
遠い昔に私の中に刻まれた記憶だよ。
もうそれに縛られるのは止めよう。

私の中のもう一人の私へ。
いくらでも出てくるね、観念は。
これまで自分の任務を放棄して、
この世を憂いてばかりいたね。
全て他人や社会のせいにしてたね。
ごめんなさい。許して下さい。

辛抱強く待っていてくれてありがとう。
気づきのチャンスを与えてくれてありがとう。

愛してるよ。

  

Posted by 風の暦 at 11:57Comments(0)ブロック外し

2011年02月10日

姿勢が悪いんです

kaoriです。
息子が食事をする時の姿。
 ・背筋が曲がってる
 ・食べ方ががさつ
 ・だるそう

ダンナがよく「姿勢が悪い!」とたしなめる。
先日友人と食事した時も、周囲の人に注意されていた。

私は言われっぱなしの息子が不憫。
先日ダンナに抗議して、もちろん険悪な雰囲気に・・・。

なぜこうなってしまうのだ!と、もだえる。
そして気がつく。

私は自分の事を”姿勢が悪い”と思っている。
人に指摘されたことも何度かある。
私は姿勢の悪い自分が嫌い。
息子が不憫だったのでなく、
自分がいたたまれなかったんだ。

またまた他人のせいにした。
全部自分の責任だってのに。


今日判明した私の観念。
「姿勢が悪いのはみっともない」
はい、手放しましょう~。

ポイッ!

見せてくれてありがとう。
愛してるよ~!
  

Posted by 風の暦 at 17:31Comments(0)ブロック外し

2011年02月07日

痛みを受け止める

またダンナにお門違いの怒りをぶつけてしまった。

朝起きるなり足を痛がる息子。
どうやら昨日くじいたらしい。
歩くのも辛そう。

その息子にダンナは冷たかった。
昨日は全然痛がってなかった、
くじいたんならすぐに痛がるはずだ、などと
息子の様子もよく見ずに言っている。

私は怒った。
「痛がってるのに、そんなに否定しなくてもいーじゃん!」

言ってしまった後の後味の悪さ。

だから!
私の観念(記憶)が原因なんだって!
私の中に、何らかの観念(記憶)があって、
それを私に教えるために、私の潜在意識と彼の潜在意識が協働で
今の状況を作ってるんだって!
作り出された状況に向かって文句を言ってどーする。
自作自演の状況を批判してどーする。

ごめんなさい。

私の中に、自分の痛みを理解してもらえなかった悲しみがある。

小2の冬、ひどいしもやけになった。
手の甲の皮膚が破れてぐじゅぐじゅ。軽い凍傷に近い。
見かねた親が包帯を巻いてくれた。
それをクラスメートに大袈裟だと言われてすごくショックだった。
何も言い返せなかった。泣くのをこらえるので精一杯だった。

あの時の私が訴えてる。
すごく痛かったのに。血も出てたのに。
何で黙ってたのさ!

自分こそが自分の痛みを否定してた。
その程度で痛がる自分を”みっともない”と思ってた。

高校生の頃にもあったなぁ。
傘差しで自転車に乗ってて、女子中学生と正面衝突。
その場に居合わせた相手の父親に罵られた。
激しく痛む膝とくるぶしを擦ることさえ出来ずに、
そのおやじの罵声を黙って聞いてた。
中学生の方を見ると、怪我はないらしい。
うつむいて自転車を支えて立っていた。

あの時、確かに私は完全な前方不注意。
女子中学生と二人きりだったら謝っていたと思う。
彼女の父親があまりにもきっぱりと、私だけが悪いというスタンスで娘を擁護した。
そのことに激しく嫉妬したのだと思う。
自分の父親なら、自分の娘が至らなくて、と笑って済ますだろうなと
彼女の父親の罵声を聞きながら考えていたから。

口惜しくて、羨ましくて、絶対に弱味を見せたくなかった。
そうして私は私に我慢をさせた。
心身双方の痛みを受け止めてあげなかった。
「痛いよ~!」って泣いてる自分を
「黙れ!我慢しろ!」って押さえ込んでた。

あの時封じ込めた2人の”私”が、
「ちゃんと見て」と私の心をノックしてた。

ごめんね。私。
許してね。私。
気づかせてくれてありがとう。
愛してるよ。
  

Posted by 風の暦 at 10:56Comments(1)ブロック外し

2011年02月07日

足踏みしてる場合じゃない!

kaoriです。
まだまだ寒いけど、春のにおいがしますね~。

最近会う機会のない友人がいます。
彼女は周囲の人との話題に時々出てきます。
私はその人が大好き。
憧れのようなものを抱いてるかな。

先日、ある企画のチラシを手にしました。
その人の顔写真が載っていてびっくり。
彼女は主催者の一人だった。

置いてきぼりにされたような、
彼女が手の届かない遠くへ行ってしまったような。
自分は一体何してる?

淋しさと焦り。

企画にケチをつける人もいた。
彼女が羨ましいんだ。私も彼も。

危うくいじけそうになった。
「それに比べて私は」と言いそうになった。

なら自分も一歩踏み出そう!
置いて行かれたと思ったなら歩き出そう!

という訳で、”つぶつぶ”のクッキングクラブに申し込んだ。
料理教室に行かなくなって1年。
次のステップに進むのが怖かったのかな。

2週間後からまた”つぶつぶ”に通います!
  

Posted by 風の暦 at 09:53Comments(1)ブロック外し

2011年02月01日

罪と罰

kaoriです。

7才の息子が遊びの最中に誤って頭を打った。
ものすごい音がしたけれど、
幸いこぶができただけで済んだ。

頭を打つ直前、彼は
「お母さん、見ててー!」と言った。
私はちらっと見ただけ。
自分のやりたいことに意識も視線もすぐに移した。

遊んでいる彼に背中を向けてしばらくしたら
彼はバランスを崩したらしく、
ゴン!という凄まじい音がした。
頭を抱えてうずくまる息子に、私は慌てた。

最初に口をついて出たのが
「何やってるの、あんたは!」
だった。

「自分がついていながらケガをさせてしまった。
 ちゃんと見ていなかったからだ。」

胸の中は、自分の不甲斐なさを責める気持ちと
後悔の念が渦巻いてた。
でも、口から出たのは相手を責める言葉だった。

あぁ。
自分の無力さに打ちひしがれそうになるのを、
相手を責めることで堪えようとしてるのね。

その場にいた友人が、
「子どもって親の気を引きたくて、こういうことするんだよね。」
というのを聞いて、泣きそうになった。
子どもの潜在意識がそうさせるのだ。
私の潜在意識がそうさせるのだ。
私に気づいて欲しくて。

「ごめんね。見ててって言ってたのに、
 お母さん、見てなかったね。」
私の膝に入って泣いている息子に謝った。
息子は背中でうなずいてくれた。

私の中の私がまた教えてくれた。
「私のこと、忘れてたでしょ。
 ちゃんと見ててね。」

人生は選択の連続。
一瞬一瞬を選択して生きている。
遊ぶ息子を眺めるか、作業を続けるか。

本意の私は息子の姿を見ていたかったのだ。
表面意識の私はそれを無視した。

罪と罰。

でもまたひとつ観念を発見したぞ~。

”私には子どもを守る力がない”

見せてくれてありがとう。
愛してるよ。  

Posted by 風の暦 at 13:09Comments(1)ブロック外し

2011年01月31日

全ての原因は自分の観念だ!

kaoriです。
もう全てが私の中の観念を浮き彫りにするためなのね!!
理解できようができまいが、
それが宇宙のしくみなのね!!

私の中に感情が湧く時、
私の中にある観念の扉がノックされている。
厚い扉の向こうにしまい込んだ観念。偏見。思い込み。

「しまってあるものをとり出して、よく見てみなさい。」
私の本質が私に微笑んでいる。

イヤだイヤだ!
そんな怖いところ開けたくない!

で、私のとる行動は、相手を攻撃すること。
それが、
”誰かに冷たい一言を言い放つ”だったり、
”誰かに正論をまくしたてる”だったり、
”誰かを冷やかす”だったりする。

自分の思い込みを認めるということは、
自分が間違っていたと認めること。
そんなのプライドが許しません!(笑)

相手を攻撃することで、相手を悪者にしている。
「私は正しい、向こうが間違ってる」と
思うことができる。
さらにいじけてみせることで
とことん相手を悪者に仕立て上げようとする。

はぁ~。

相手に非がある出来事は全くないんじゃないか?
全部、自分の観念が原因なんじゃないか?

何でこんなにややこしくなっちゃったのかな。

私の中にいるもう一人の私。
あなたの存在を忘れてしまったからだね。
あなたがそこにいることを忘れていたからだね。
なぜ忘れてしまったんだろうね。

今、練習してるよ。
あなたとつながっていることを思い出す練習。
あなたに向かって微笑む練習。

あなたはいつだって私を見てるよね。
私の目の前にいる人、あるもの全てはあなただよね。
あなたをよく見ること、あなたを感じること。
それがあなたと私のつながりを
強く確かなものにするんだよね?

考え事してる時、私怖い顔してるよね。
あなたのこと見てないね。
あなたのことすっかり忘れてるね。
それが続いたらあなたは淋しいよね。

愚痴や不平・不満が多い人は、観念が多いんだね。
その人の周りに嫌な人間が多いんじゃなくて、
その人がたくさんの観念を持ってるってことなんだね。

私はどれだけ愚痴を言ってる?
不平・不満を言ってる?

言いたくなったら、「これは観念だ!!」と思いとどまれ!
そう、私にはたくさんの観念がある。
それは悪いことじゃない。
観念探しの旅。
じっくりゆっくり行こうじゃありませんか。

私は在来線より新幹線が好き。
新幹線じゃ景色は見えないね。
人生も新幹線で突っ走ってたかも。

徒歩で行こう!
道端の花を眺められるくらいのスピードで。
一歩一歩。
  

Posted by 風の暦 at 12:04Comments(0)ブロック外し

2011年01月26日

逃げる時に私は怒る

kaoriです。

ゆうべ、ダンナがはしゃぐ姿を見ていて何故かイラッ!
仲間と呑んで、少し酔って上機嫌な彼は、
舌っ足らずな鼻にかかった声で
嬉しそうに照れくさそうに、しゃべっていた。
その様子に私はイラッときたのだ。
すごーく冷めた声で、彼の言っている内容にケチをつけた。
彼の顔から笑顔が消える。
険悪な空気が流れる。

彼の鼻にかかった甘い声を、照れくさそうな笑顔を、
それ以上見たくなかった。
何故だ!?

それ以上見続けていたら、
一体私の中に何が起こったんだろう。

何か見たくないモノ、感じたくないモノが出てくるんだろうな。

それ以上見たくないから、私は彼に冷たい一言を吐いて止めさせた。
それ以上見るのが怖かった。

そこに待ち構えているのは、きっと痛み。

痛いのはイヤ。だから逃げた。

どんな痛みがあるのかはわからない。
怖かった。
わかるのはそれだけ。

原因までも探ろうとして、頭をぐるぐる回転させて、
そして、もっとややこしくしてしまう。

私にはわからない。
何が起こっているのかわからない。
わかるのは”不快”という感情があったということだけ。

あの場面で私は”不快”を感じた。
なぜだろう?
原因は観念とか記憶とか言われている。
自分の中に蓄積された観念。

私のインナーチャイルド。
私の超意識。
そして表面意識の私。
三位一体で”私”を構成している。

表面意識の私は、”私”のわずか5%足らずという。
その他の”私”はきっとわかっているのだろう。
残り95%の”私”に委ねよう。
”不快”という感情を見つけたよ。
後はよろしくね。

  

Posted by 風の暦 at 18:46Comments(0)ブロック外し

2011年01月24日

呪い

kaoriです。
私、呪われてます。
誰に?



伊坂幸太郎さんの小説の中に
こんなくだりがある。

”自分でもくだらないと承知しながら、
呪いにでもかかったかのように、
その品のない冗談を口にしていた”

そういうの、よくある。

「何であんなこと言っちゃったんだろ」
「何でこんなに緊張するんだろ」
「何で作り笑いしてるんだろ」
「何で顔が引きつったんだろ」

呪いだわ!
やりたくないのにやってしまうなんて、
呪いをかけられてるのよ!
私の美しさを妬んだ継母のお妃様の仕業ね!!

やれやれ。
お妃様って誰ですか。
自作自演でしょうが。
呪いはあんたの観念でしょ。

「失敗したら笑われる。そして見捨てられるよ」
「女としての魅力がないからそのうち捨てられるよ」
「愛想よくしてないと攻撃されるよ」
「悔しさを表に出すなんてみっともない」

私のインナーチャイルドが無邪気に叫んでる。
「こんな観念持ってるよ!」


友人が言ってた。
人は心の痛みが怖い。痛いのが辛い。
痛い思いをしないように、
あの手この手でわが身を護ろうとする。

自分の観念と正面きって向き合うと、胸が痛む。
私の場合、自分を否定する内容がとても多い。
それを認めると、絶望してしまう。
ひどい孤独感に襲われる。
生きている価値すらないという暗黒が胸を覆う。

「どうせ私は」と、誰かに八つ当たりすれば、
その人は私に嫌気がさしてくるだろう。
相手を傷つけているかも知れない。
相手は、受け止めてあげられない自分を責めるかも知れない。
そして、この言葉を聞かされている私自信はどんな気持ちになるだろう。
親に罵られて萎縮する子どもを想像すると、ぞっとする。


表面意識の私には、
その観念こそが私を形作っているものに思える。
観念にまみれて生き続けるのも、
割と居心地がよかったりする。

ガンを患い、ある部位を切除した友人が、
「そこをとっちゃうと私でなくなっちゃう気がして」と
言っていたのを思い出した。
今やっと彼女の気持ちがわかった気がする。


観念は要らないものだよ。
私にくっついてるゴミだよ。
ひょいとつまんでポイッ。
私は私のままだよ。


私の中の私へ。

呪いだなんて言ってゴメンネ。
観念で濁った目であなたを見ていたね。
あなたを裁いて批判して傷つけてきたことを許してね。
気づかせてくれてありがとう。
清らかな瞳であなたを見ているよ。
  

Posted by 風の暦 at 12:37Comments(0)ブロック外し

2011年01月18日

お金と母親と私

kaoriです。
バシャールと本田健さんの対談本
『未来は、えらべる!』を読んでます。

去年の7月に図書館に予約した本。
すごい人気で、順番待ちの長い列ができていた。
ようやく、今、私の手元にやってきた。

久しぶりのバシャールのお言葉。
自分と真剣に向き合うことを始めてからは
初めて読む彼の本。
頭で理解することと、腹でわかることの違いを感じる。

まだまだ頭でしかわかっていないことがたくさんあるようだ。

この本を読み進むなかで出てきた私の観念。

”私の存在はお金に劣る”

物心ついた時から母親が働いてた。
小さい頃は内職、中学の頃からはゴルフ場のキャディー。
「家にいるのがイヤ」という理由で働きに出た。

淋しかったと思う。
よく内職している母の背中を見ていた。
高校の頃は、母の帰宅が遅いと、
私が夕食の支度をした。
これを度々サボっては母親になじられた。

私のささやかな反抗だったんだ。
母親に家にいて欲しかったんだ。
家で私の帰りを待っていて欲しかったんだ。
私にあれこれ世話を焼いて欲しかったんだ。


幼い頃の私が言う。

「お金が何より重要だから仕方ないんだ。
 大好きなお母さんが、私を差し置いてまで働くのは
 お金がとても大切なものだからだ。
 だから仕方ないんだよ。」

そうして最後に出てきた言葉が、
「私の存在はお金に劣る。」

途端に私は号泣。声をあげて泣いた。
だんだん可笑しくなってきて、
泣きながら大笑いした。

稼ぐことに血眼になっているように見える女性がいる。
私はその人にものすごい嫌悪を感じていた。
その理由が今わかった。


見せてくれてありがとう。
愛してるよ。


  

Posted by 風の暦 at 10:56Comments(0)ブロック外し

2011年01月17日

負けるが勝ち

kaoriです。
先日ダンナに弱音を吐いて突っぱねられて、
その日はふてくされて「おやすみ」も言わずに寝た。
布団の中で自分と向き合って自分に謝った。
翌朝、まだ私の中にわだかまりがあった。

おいおい、もう片付いたんじゃなかったの?

自分にそう突っ込みながら、朝ごはんの用意をしていた。
ダンナはパソコンをしている。
ふと、そのダンナに後ろから抱きついて謝っている画が浮かんだ。

いやいや、そんなの無理だって。
できないって。
ヤダヤダ。

しばし葛藤。

いーや。
これが私の本心なんだ。だから画が浮かんだんだ。
やるなら今だ。
パソコンに向かってる背中にならできるんだ。

そう認めたらスーッと足がそちらへ向かい、
気負いなく実行できた。
握り返してくれたダンナの手が温かくて
胸がいっぱいになった。

自分から折れるということは
自分の要らぬ観念に勝つということだ。
自分の本意に従うということだ。

負けてみせるということは
自分に克つということだ。

中学の同級生に”克己”くんがいたな~。
彼はどんな人生を送ってるのかな。


  

Posted by 風の暦 at 10:16Comments(0)ブロック外し

2011年01月16日

逃げたら、また来る

kaoriです。
”自分の中にある不安”が消えない。
一度ダンナに受け止めてもらって、
メデタシ、メデタシ!
と思っていたら、まだいた。

本当に大丈夫なのかを確かめたかったらしい。
またダンナに弱音を吐いたら
はね返された。

根本解決は自分でやるんだった!
私の中のもう一人の私が、私を試してる。
それを、第3者に押し付けてしまった。
逃げてしまった。

これを繰り返していたら・・・。
  ダンナが逃げ出す(浮気か離婚)
  私が絶望して代替品を探す(浮気か離婚)
恐れている通りの現実がやってくる!


「そんな不安持ってたんだぁ。そっかー。」って
優しい眼差しで自分の心を見つめてあげれば良かったんだ。

やれやれ、やっと笑えた。

逃げてゴメンネ。
ちゃんと向き合わなかったこと許してね。
いつも私を見ていてくれてありがとう。
私もちゃんとあなたを見てるよ。
  

Posted by 風の暦 at 06:29Comments(0)ブロック外し