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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2011年02月28日

踊りは楽しい

kaoriです。
ゆうべは前橋の「あわたま」のイベントに参加。
音楽とダンスと祈り、そしてごはん。

木内 和(きうち より)さんの踊りを観ているうち、
無性に自分も体を動かしたくなった。

彼女のダンスはコンテンポラリーダンスと呼ばれるもの。
全身がうねるように動く。
表情はくるくると変わる。
手足の指先までもがその存在をアピールする。
突っ立って彼女の踊りを観ていた。
自分の肩と首筋が凝っているのを強く感じた。
それをほぐそうと思い、目を閉じて頭や肩を小さくくねくねと動かしてみた。
気持ちいい!

イベントのラストはお客さんも踊る。踊る。
私は体ほぐしの動きがすっかり気に入って、
首やら肩やら背筋やら腰やらをストレッチするように踊った。
リズムに合わせたストレッチ体操だ。
「へんてこなダンス!」と自分の中の声が言う。
「いや~、すっごく気持ちいいよ!」とそれに応えた。
本来ダンスってそうなのかも?
自分の体と心をほぐすためのものなのかも。

誰でも踊っていいんだ。自分のために。
自分の体が気持ちよいと感じる方法で。


私は今回、ごはんスタッフとして参加。
”ヒエクリームコロッケ”と”高きびハンバーグ”を作った。
スタッフもみんなが楽しんだ夜だった。
”失敗”とか”焦り”があった。
それを瞬時に認識して消したり笑いとばしたりする雰囲気がスタッフの中にあった。
調和。ハーモニー。
幸せ。








  

Posted by 風の暦 at 11:00Comments(0)イベント

2011年02月24日

楽しんでればいい

kaoriです。
陽射しに春を感じますね~。
光は愛なんですって。

慈悲深い人に”後光が差す”といいます。
仏陀やキリストは、その愛の多さから
体から光があふれ輝いて見えたとか。
太陽には愛に満ちた存在が住んでいると聞いた。
(私たちとは波動の次元が違うので見えないけど)
太陽の明るさ,温かさがその存在たちの放つ愛だとは!
そう思って見上げる太陽の有難さ。


先日、ふれあい朝市の仲間と演奏をした。人前で。30分ほど。
私はピアニカ担当。
学校の音楽の授業以外で演奏するのなんて初めて。
勢いで名乗りをあげたものの、
私みたいなのが参加して良かったのかと最初はかなり萎縮してた。

練習を重ねて行き着いたのは”温泉気分”。
周りの皆の音が心地よくて、自然に体が動き出し、
自分の奏でる音がそこに融合する喜び。
”まるで温泉に浸かっているような心地よさ”。
何も考えない。悩みも迷いもない状態。


私はたいてい、人にどう見られるか、
いかに人に誉められるかを意識してた。
楽しんでなかった。


子どもの通う小学校の「6年生を送る会」を見学した。
子どもたちは実に楽しそうだった。
そして楽しそうなその姿にこちらのハートが温かくなった。

その昔、結婚式の余興で踊ったときも、
自分たちがめいっぱい楽しんでいたら、
新婦である友人がひどく感動していた。
「なんでそんなに楽しそうなの~! 私も混ざりたかったよ!」

知人の結婚祝いパーティーの飾りつけやウェルカムボードの作成をした時も、
最後は彼女たちのためでなく、自分の満足のためにやった。
義務感から始めた作業が、最後は楽しくて仕方なかった。
後日、実はあなたのためだということを忘れ、ただ自分が楽しんだのだと告白したら、
彼女の目に涙が浮かんだ。嬉し涙。
喜ばれるなんて!


何の損得も考えずに無心に楽しんでいると、
それが周りの人に喜びを与えるらしい。
誰かのためでなくて、自分のために。
自分の魂の喜びのために。

そこには犠牲や我慢はない!
  

Posted by 風の暦 at 10:38Comments(2)ブロック外し

2011年02月16日

だから全ては自分の観念なんだって!

kaoriです。

全ては私の観念が作り出したもの。
全ては私の中の記憶が再生されたもの。
太古の昔から私の中に蓄積されてきた観念の数々。

子どもと接するダンナの態度が気に入らない。
「なんで!?」「なんで!?」とその態度を心の中で責める。
イライラする。
憎悪すら湧いてくる。
それが顔や態度に出る。
ダンナはそれにイラついてプイッと背中を向ける。
カチンとなる私。
ものすご~く険悪な空気が流れる。
子どもたちはそれを察して固まっている。

感情的にその背中にケンカを売りそうになった。
でも止めた。
「またやっちゃった」とため息をついた。

私も同じように子どもに接しているのだ。
私の姿をダンナが再現して見せてくれているのだ。
私は心の底でそれが自分の姿だとわかっていて、
その姿が許せないのだ。
ぐりぐりと見せつけられるその姿に逃げ出したくなる。
それが自分の姿だなんて認めたくない。
だからダンナのせいにして彼をなじる。


何度も言うよ。
安心して。その姿は私自身じゃないよ。
私の中の観念を映し出したものだよ。
私にこびりついた観念だよ。
掃除すればきれいになるよ。
もう自分を責めるのは止めよう。

「そんな観念があったのね。わかったよ。ありがとう」って言った。
目を閉じて自分の真ん中に言った。

ダンナにも私にもごめんなさい。
辛い役を引き受けてくれてありがとう。
何度も何度も演じさせてごめん。
なかなか受け入れなくてごめん。

みんなみんなありがとう。
みんなみんな愛しています。
  

Posted by 風の暦 at 17:51Comments(0)ブロック外し

2011年02月13日

1歳の私の悲しみ

kaoriです。
人から人を引き剥がす行為を、
私は”冷たい行為”と感じているらしい。

ブログを更新した後、台所仕事をしていて、
ふっとある画を思い出した。
以前ブログにも書いた。
あるワークショップをしていて脳裏に浮かんだ画。

生まれたての赤ん坊と一緒に布団にいる母親、
1歳くらいの私を抱いてそこを離れる祖母。
母も祖母も笑っている。

母も祖母も笑っているのを見て、涙が出た。
「私は愛されていた!」
めでたし。めでたし。

ところが。
それだけでは不十分だったらしい。
1歳の私の気持ちを汲んでやっていなかった。
それまでいつも一緒だった母親から引き剥がされた。
突然引き剥がされた。
きっと大人は事情など説明しなかったろう。
1歳の子どもには理解できっこないと思って。

その悲しみはどれほどだったろう。

今、子育てをしていて思う。
子どもは説明をすれば理解できる。
理解して納得する。
納得していない時、子どもは大人の手を煩わす。

1歳の私の悲しみを、私は受け止めていなかった。
人から人を引き剥がすという行為を
冷たい仕打ちと感じたあの時の私。

辛かったね。
悲しかったね。

もう大丈夫。


  

Posted by 風の暦 at 14:17Comments(1)ブロック外し

2011年02月13日

冷たい女なんです

kaoriです。
今朝ダンナは、女子3人と”エコビレッジ環○和”へ出掛けて行きました。
麹づくりを体験しに。

我が家に集合した女子たちの荷物を積み込む間、
私は彼女たちとおしゃべり。
ワイワイと盛り上がる。
積み込みの終わったダンナがいつ
「さぁ、行きましょう!」と言うのかと
盛り上がりながらも待っていた。

言う気配がないので、
「もう行こうよ!」と私は彼の肩を叩いた。
すると彼は、
「話しが終わるの待ってたんだよ!」
だって。

あら?

相手の行動に期待して待ち、
やがて相手にイライラし始める。
相手が期待通りの行動をしないから。
でも自分から行動するのは何だかイヤ。
相手や周囲の人に”冷たい人,勝手な人”と思われそうだから。


ダンナの実家で夕ご飯を食べて帰る時、
孫との別れを窓越しに惜しむジィバァ。
私は車をいつ発進させたものかと、
アクセルを踏むのを躊躇する。

すぐに発進させたら、
「冷たい嫁だ」と思われるかもしれない。

実はあちらは、そんなに別れを惜しんではいなくて、
むしろ「早く行ってくれて構わない」と思っているのでは?

先日は「じゃ行きま~す」と宣言し、すぐに車を発進させた。
だらだらしている時よりも、気持ちよくさよならできた。


”自分は冷たい人間”というレッテル(観念)を自分に貼っていた。

ふ~ん。
自分のこと、冷たいと思ってたんだ。
それはね、観念だよ。
遠い昔に私の中に刻まれた記憶だよ。
もうそれに縛られるのは止めよう。

私の中のもう一人の私へ。
いくらでも出てくるね、観念は。
これまで自分の任務を放棄して、
この世を憂いてばかりいたね。
全て他人や社会のせいにしてたね。
ごめんなさい。許して下さい。

辛抱強く待っていてくれてありがとう。
気づきのチャンスを与えてくれてありがとう。

愛してるよ。

  

Posted by 風の暦 at 11:57Comments(0)ブロック外し

2011年02月10日

姿勢が悪いんです

kaoriです。
息子が食事をする時の姿。
 ・背筋が曲がってる
 ・食べ方ががさつ
 ・だるそう

ダンナがよく「姿勢が悪い!」とたしなめる。
先日友人と食事した時も、周囲の人に注意されていた。

私は言われっぱなしの息子が不憫。
先日ダンナに抗議して、もちろん険悪な雰囲気に・・・。

なぜこうなってしまうのだ!と、もだえる。
そして気がつく。

私は自分の事を”姿勢が悪い”と思っている。
人に指摘されたことも何度かある。
私は姿勢の悪い自分が嫌い。
息子が不憫だったのでなく、
自分がいたたまれなかったんだ。

またまた他人のせいにした。
全部自分の責任だってのに。


今日判明した私の観念。
「姿勢が悪いのはみっともない」
はい、手放しましょう~。

ポイッ!

見せてくれてありがとう。
愛してるよ~!
  

Posted by 風の暦 at 17:31Comments(0)ブロック外し

2011年02月09日

ふれあい朝市~バレンタイン特集!?

先週の日曜日は、”ふれあい朝市”でした。
今回はバレンタインデー間近ということで・・


高キビのチョコ風味トリュフ。
高キビ甘酒から作った、とろ~りとあま~いお菓子です。

更に、高キビのチョコクリームを手作りクラッカーではさみました!

 
なかなか可愛らしくできました!!

 
そして定番の雑穀おにぎり!(shigeがにぎりましたよ~)

ちなみに、ハート型のおにぎりにしようと思いましたが
にぎるのに時間は掛かるし、形は悪いし、崩れやすいので、あーちゃんのまかないになりました・・・。

次回は3/6(日)です。今度はどんな雑穀料理かなぁ~?  

Posted by 風の暦 at 21:48Comments(1)イベント

2011年02月07日

痛みを受け止める

またダンナにお門違いの怒りをぶつけてしまった。

朝起きるなり足を痛がる息子。
どうやら昨日くじいたらしい。
歩くのも辛そう。

その息子にダンナは冷たかった。
昨日は全然痛がってなかった、
くじいたんならすぐに痛がるはずだ、などと
息子の様子もよく見ずに言っている。

私は怒った。
「痛がってるのに、そんなに否定しなくてもいーじゃん!」

言ってしまった後の後味の悪さ。

だから!
私の観念(記憶)が原因なんだって!
私の中に、何らかの観念(記憶)があって、
それを私に教えるために、私の潜在意識と彼の潜在意識が協働で
今の状況を作ってるんだって!
作り出された状況に向かって文句を言ってどーする。
自作自演の状況を批判してどーする。

ごめんなさい。

私の中に、自分の痛みを理解してもらえなかった悲しみがある。

小2の冬、ひどいしもやけになった。
手の甲の皮膚が破れてぐじゅぐじゅ。軽い凍傷に近い。
見かねた親が包帯を巻いてくれた。
それをクラスメートに大袈裟だと言われてすごくショックだった。
何も言い返せなかった。泣くのをこらえるので精一杯だった。

あの時の私が訴えてる。
すごく痛かったのに。血も出てたのに。
何で黙ってたのさ!

自分こそが自分の痛みを否定してた。
その程度で痛がる自分を”みっともない”と思ってた。

高校生の頃にもあったなぁ。
傘差しで自転車に乗ってて、女子中学生と正面衝突。
その場に居合わせた相手の父親に罵られた。
激しく痛む膝とくるぶしを擦ることさえ出来ずに、
そのおやじの罵声を黙って聞いてた。
中学生の方を見ると、怪我はないらしい。
うつむいて自転車を支えて立っていた。

あの時、確かに私は完全な前方不注意。
女子中学生と二人きりだったら謝っていたと思う。
彼女の父親があまりにもきっぱりと、私だけが悪いというスタンスで娘を擁護した。
そのことに激しく嫉妬したのだと思う。
自分の父親なら、自分の娘が至らなくて、と笑って済ますだろうなと
彼女の父親の罵声を聞きながら考えていたから。

口惜しくて、羨ましくて、絶対に弱味を見せたくなかった。
そうして私は私に我慢をさせた。
心身双方の痛みを受け止めてあげなかった。
「痛いよ~!」って泣いてる自分を
「黙れ!我慢しろ!」って押さえ込んでた。

あの時封じ込めた2人の”私”が、
「ちゃんと見て」と私の心をノックしてた。

ごめんね。私。
許してね。私。
気づかせてくれてありがとう。
愛してるよ。
  

Posted by 風の暦 at 10:56Comments(1)ブロック外し

2011年02月07日

足踏みしてる場合じゃない!

kaoriです。
まだまだ寒いけど、春のにおいがしますね~。

最近会う機会のない友人がいます。
彼女は周囲の人との話題に時々出てきます。
私はその人が大好き。
憧れのようなものを抱いてるかな。

先日、ある企画のチラシを手にしました。
その人の顔写真が載っていてびっくり。
彼女は主催者の一人だった。

置いてきぼりにされたような、
彼女が手の届かない遠くへ行ってしまったような。
自分は一体何してる?

淋しさと焦り。

企画にケチをつける人もいた。
彼女が羨ましいんだ。私も彼も。

危うくいじけそうになった。
「それに比べて私は」と言いそうになった。

なら自分も一歩踏み出そう!
置いて行かれたと思ったなら歩き出そう!

という訳で、”つぶつぶ”のクッキングクラブに申し込んだ。
料理教室に行かなくなって1年。
次のステップに進むのが怖かったのかな。

2週間後からまた”つぶつぶ”に通います!
  

Posted by 風の暦 at 09:53Comments(1)ブロック外し

2011年02月01日

罪と罰

kaoriです。

7才の息子が遊びの最中に誤って頭を打った。
ものすごい音がしたけれど、
幸いこぶができただけで済んだ。

頭を打つ直前、彼は
「お母さん、見ててー!」と言った。
私はちらっと見ただけ。
自分のやりたいことに意識も視線もすぐに移した。

遊んでいる彼に背中を向けてしばらくしたら
彼はバランスを崩したらしく、
ゴン!という凄まじい音がした。
頭を抱えてうずくまる息子に、私は慌てた。

最初に口をついて出たのが
「何やってるの、あんたは!」
だった。

「自分がついていながらケガをさせてしまった。
 ちゃんと見ていなかったからだ。」

胸の中は、自分の不甲斐なさを責める気持ちと
後悔の念が渦巻いてた。
でも、口から出たのは相手を責める言葉だった。

あぁ。
自分の無力さに打ちひしがれそうになるのを、
相手を責めることで堪えようとしてるのね。

その場にいた友人が、
「子どもって親の気を引きたくて、こういうことするんだよね。」
というのを聞いて、泣きそうになった。
子どもの潜在意識がそうさせるのだ。
私の潜在意識がそうさせるのだ。
私に気づいて欲しくて。

「ごめんね。見ててって言ってたのに、
 お母さん、見てなかったね。」
私の膝に入って泣いている息子に謝った。
息子は背中でうなずいてくれた。

私の中の私がまた教えてくれた。
「私のこと、忘れてたでしょ。
 ちゃんと見ててね。」

人生は選択の連続。
一瞬一瞬を選択して生きている。
遊ぶ息子を眺めるか、作業を続けるか。

本意の私は息子の姿を見ていたかったのだ。
表面意識の私はそれを無視した。

罪と罰。

でもまたひとつ観念を発見したぞ~。

”私には子どもを守る力がない”

見せてくれてありがとう。
愛してるよ。  

Posted by 風の暦 at 13:09Comments(1)ブロック外し